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「プラハを歩く」田中充子

評価:
田中 充子
岩波書店
¥ 777
(2001-11)
コメント:プラハというのはチェコ共和国の首都、チェコはかつてボヘミアと呼ばれていてハプスブルク帝国の一角、しかしまあ、ボヘミアのほうがきっぱりと歴史は古い、ヨーロッパの歴史が階層のように残る都市だそうだ。

JUGEMテーマ:歴史

しかしまあ、プラハが“新しい”建築様式の本当の発案者だ、というのはさすがに数百年単位で建築時代が前だと紛れもなく本当だとは思うのですが、著者さんも実際そうは主張していなかったような「ここ」から直接広まっていったわけではなさそうというかw
ちょっと時代が早すぎたと表現すべきなんでしょうか。

チェコスロバキア、、もといビロード離婚を経て、チェコの首都となったプラハ、かつてのボヘミアの都市である街の建築に主な焦点を当てた本で。
むしろプラハの建築そのものの特徴のせいなのか、ヨーロッパの建築史そのものの概略を語る、といったような趣も。
ちゅーか、ヨーロッパから一旦ローマ時代の石造建築が廃れてしまった、というところは実際わからないでもない話なんですがその復活に際して「イギリスから技術がもたらされた」というのは一体なんのことなんだかが正直よくわからない。
(そしてそもそも、イギリスはヨーロッパとは違うんでしょうかww)
んで、この時代をゴシックと呼び? あれ、ロマネスクだったっけか。
そして十字軍によって東方イスラム世界との関わりからギリシア建築風の柱がもたらされ、ルネサンスの花が開いたよ、と聞いてしまうと今までの知識と全く噛み合わないわけではないんですが(そんな詳しくないしね)、ずいぶん印象変わるなぁ。
プラハの街にはそもそも石造建築以前からの木造建築の名残りすら残り、各時代の君主がまた建築好きであって、多分庶民も、ある程度それ受け入れていたのかなぁ、今も街並みは美しく、文化の誇りとして残るのならば、道楽と嗜めることもないのかしら。
失敗した都市デザインなども含め、なかなか楽しい本でした。他に本ないのかなぁ。


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